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『ラミアの白い凧』

「ラミアの白い凧」 03年/レバノン/80分/ランダ・シャッハール・サッバーグ

以下、パレスチナ情報センターのホームページより。
http://palestine-heiwa.org/note2/200501121424.htm
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 冒頭は、レバノン側の村の子どもたちが、国境地帯で、みんなで凧揚げをしているところ。主人公の女の子の凧がフェンスを越えて緩衝地帯に落ちる。鉄条網をなんとかくぐって取りに行こうとするが、そこは地雷原でもある。イスラエル側の国境警備兵が気がついて、(侵入防止というよりは)地雷原に入るのを阻止するために、威嚇射撃をする。

 国境を挟んだ反対側にあるドルーズの村とは、イスラエル建国以前は一つのコミュニティのように関係が近く、それぞれお互いの家族や親戚が住んでいる。彼らは、時間を決めてお互いに緩衝地帯の両側に揃い、お互いに双眼鏡とハンドマイクを持って、「会話」をする。緩衝地帯は国境の両側にそれぞれ100 メートルくらいはあり、そうすると200メートルは距離がある。ハンドマイクを通した声が響き渡り、家族の安否や近況を伝えあう。
 イスラエルの国境警備兵の任務の一つは、この「会話」を記録すること。誰が何を話したのかを(たわいのないことまで含めてすべて)記録する。ある日、主人公の女の子ラミアの伯母が、イスラエル側の親戚にハンドマイクで報告をする。「うちのラミアは16歳になったぁー! 嫁に行く年齢だぁー! 誰か年頃のいい青年はいないかぁー!」レバノンとイスラエルの取り決めで、結婚のために国境を越えることだけは認められている。
 準主人公である、国境警備をしているイスラエル軍のドルーズ兵の青年が、その会話を聞いて書き取っている。彼は、監視という任務を通してラミアのことを知っている。想いも寄せている。その分、任務が上の空になる。上官に怒鳴られる。「国境の向こうの村にいくら親戚がいようとも、あの村はお前の敵なんだ!そのことを忘れるな!」

 ビデオ映像の交換で「お見合い」を済ませた二人が、結婚をする。しかしパーティの行列は国境まで。ラミアはそこから一人で国境を越えてイスラエル側に入る(女性の側が故郷を離れるのが常)。しかし、親戚同士で取り決められた、本人としては不本意な結婚を承服できないラミアは、決して打ち解けることがなく、しばらくした後に、結婚を解消してレバノン側に帰ることになる。またも一人で国境を越えて。緩衝地帯を一人で歩くラミアを、例のドルーズ兵の青年が追いかける。視線が交わされ、手が触れるが、しかし兵士は国境を越えることができず、引き下がるしかない。
 結婚が破断して元の村に戻ったラミアは、「傷物」「恥」として他の住民から蔑まれるが、パン屋のおやじに「ハラーム(忌々しい)」と言われたことで、伯母が激怒しパン屋に乗り込み、おやじをぶちのめす。

 ラミアは三たび国境を越える決心をする。今度は自分の意志で。誰にも告げずにひっそりと、あのドルーズ兵の青年のところに向かう。このあたりから、映画は現実とも幻想ともつかなくなる。前の二回とは異なり、正規のゲートを使うことができないから、冒頭で凧揚げをしていた場所の鉄条網をくぐる。鉄条網に手を触れ、一・二度、弾力を確かめるように押すと、唐突にスッと鉄条網が手を通り抜け、体も通り抜けてしまう。不意の特撮に気を取られていると、次の緩衝地帯の地雷原の先にある国境のフェンスの際で、地雷が爆発。館内の観客は呆然。爆煙が消えるとラミアの姿はなく、その瞬間、凧とともにラミアはあのドルーズ兵の勤務する監視塔に現れる。ラミアは、青年の周りを回りながら、青年に話しかける。「どうしてユダヤ人の格好をしているの?」「ユダヤ人じゃない。イスラエル兵だ。」「同じことよ。私、その制帽が嫌い。」そう言ってラミアは兵士のベレー帽を取る。「私、その軍服も嫌い。」兵士は迷彩の上着を脱ぐ。「その軍靴も、、、」。突然二人は監視塔からも姿を消し、最後には誰もいない監視塔の上空を凧が飛んでいる。
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上の詳細なあらすじにすら登場しないが、ドルーズ青年兵の上官として登場する飲んだくれの男も重要な脇役である。ラミアをものにしたければ、「彼女の住んでいる村を占領するよう毎日上官に手紙を書け」と青年兵に言うが、青年兵は村を二分されたドルーズの人間であり、ユダヤではない。もちろん上官はそのことを知っている。しかし、決して嫌味で言っているのではない。国、民族、今の立場、そんなものはすべて捨てて、ただ愛する人のために今できることをすべてやれ、と言っているのである。彼(上官)は毎晩女を抱いて飲んだくれ、レバノン側にいるただ一人の女のことを思い続けているのである。

その他、レバノン側にいるラミアの親戚にも、婚約者を国境によって引き裂かれ、独身のまま歳をとった女性がいる。ある夜突然イスラエル兵が村へ侵攻し、それまでレバノン側だった街が一晩でイスラエル領となる。ラミアの処分(結婚)は男ばかりの長老会で決定される。などなど、様々な社会問題が見え隠れする。

国境をはさんで幾多の人生が交錯し、見ていて混乱する上、最後は突如ファンタジーとなるので消化不良感が残る。しかし、メッセージ性は強く、芸術性も高く、もう一度じっくり見てみたいと思う映画だった。

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